おか山っ子
岡山県民の財産「おか山っ子」
−歴史、意義、そして現在−

1.はじめに
 夏休みを目前に控えた7月半ば、今年も「おか山っ子」が発刊されました。「おか山っ子」は今年度56年目を迎えます。「おか山っ子」は岡山県の児童・生徒の作文や詩を掲載した文詩集です。この本の中には、岡山県の様々な地域の、小学1年から中学3年までの児童・生徒の作文や詩が掲載されています。この本の原点は小学校・中学校の教室にあります。頭をひねらせながら一生懸命文を綴る岡山県の児童・生徒と、それを見守り指導・支援する教員という日常の教室風景がこの本のもととなっているのです。
 全国においても、これほど長い年月にわたって発刊されている文詩集は大変めずらしいと言えます。まさしく、岡山県の財産であり、祖父母・父母・子どもをつなぐことのできる本でもあります。「おか山っ子」は従来一般の書店に置かれることがなく、学校配布というかたちでしか目にすることはできませんでした。しかし、幅広く県民の皆様にもぜひとも購読していただきたく、今年から一般書店にも置くことにしました。そんな「おか山っ子」の魅力を紹介させていただきます。

2.「おか山っ子」の歴史
「おか山っ子」が誕生したのは、まだまだ戦争の後遺症を多く残す1951年2月のことです。戦後の荒れすさんだ社会状況の中で、たくましく生きる子どもたちのすがたを映した文詩集でしたが、それは、美しくて素直で平和な心を育てたいと願った教職員の仕事からうまれたものでした。
 当時の発刊に当たっての文章では、次のように述べられています。
『明日の平和な明るい郷土を創り、自己の生活経験を通して正しく強く生き抜く民主的社会人になっていただくために集録して送るものであり・・・。
また、日本の平和と民主主義がますます伸びるためには、我々の正しい率直な意志の表現が必要である。この意味において、学校教育における作文指導は、子供の生活の中に脈々として流れる純真な心を守り育てること、そして、正しい要求を堂々と主張できる人間を作る営みでなければならない・・・』(「40号記念『おか山っ子』岡山県児童生徒文詩集」
岡山県教職員組合 おか山っ子編集委員会)
 創刊から5年たった1955年版から一つの詩を取り上げてみます。

ごはんをたべるとき
津山市 1年
おかあちゃんの、
あたまがいたくなったので、
ゆうごはんを、
まあぼうと、たべました。
でんねつで、おちゃをわかしました。
ちいさい おぜんを
だして、たべました。
ごはんは、ぼくがつぎました。
たべていたら、
まあぼうが、
スプーンを ひだり手でもつので、
「てってがちがう。」と
おしえてやりました。
かあちゃんが
「かしこいなあ。
 あしたはごちそうしたげる。」と
いいました。

 母親の体調が悪く、母親がわりになって夕食で弟の世話をする1年生の子ども・・。「でんねつ」「おぜん」と時代をあらわすことばがあり、懐かしさが漂います。でも、母親や弟を気遣い精一杯夕食で世話をする子どものまっすぐな気持ちは、今でも変わらないでしょう。そんないつまでも変わらない子どもたちのすがたに安堵するとともに心を動かされます。

 創刊当時の理念は半世紀を経て、現在に至るまで受け継がれ「おか山っ子」のポリシーとなっています。時代は、戦後の貧困と混乱から高度成長期へ、そしてバブルの時代からその崩壊と移り変わってきました。地域社会の様相も、人々の考えも変わりました。子どもたちをとりまく状況も変わりました。しかし、そのような激動の中にあっても、岡山の教員は文を綴らせることを教室の中での大事なしごととしてきました。また、教員の長い地道な研究活動の中で、文を綴らせることの基本的な意味と指導方法を見いだしてきました。これは、「おか山っ子」の作文や詩を豊かにしてきました。

1)文を綴らせることで、日本の文字・日本語の発音・単語・文法・文・段落・場面・段落・文章など子どもたちに身につけさせる。つまり、子どもたちを豊かな日本語の担い手にしていく。
2)文を綴らせることはある意味でしんどい仕事である。しかし、その作業過程の中で、構成力、表現力、思考力など、社会の中で生きる人間として必要な能力をつけさせることができる。
3)ありのままに文を綴らせることで、家族、友人、自然、社会、歴史についての見方、考え方、感じ方を豊かにさせていく。
4)作文や詩を教室等で読み合うことで、友人の知らない部分をうかがい知ることができ、豊かな人間関係をつくることができる。

 現代においては、教育の方法や内容も新しくなり、作文教育も当然変化してきた部分もあります。しかし、長い研究と実践の中で「おか山っ子」につらぬかれている愚直な考え方は、今なお色褪せることはありません。

3.現在の「おか山っ子」
昨年度は岡山県内の小中学校から代表作5,972点の応募があり、審査委員会による厳正な審査の結果、187点を掲載することができました。また、2006年3月26日には「第56回おか山っ子 特別表彰式」を行い、受賞した子どもたちに「岡山県知事賞」など「おか山っ子」の後援団体の代表者を冠した賞状が手渡されました。また、今年の5月に講演会で来岡した人気作家の重松清さんに「おか山っ子」を紹介したところ、いたく感動され、帯紙の紹介文を書いていただくことになりました。

<重松清さんの紹介文>

『子どもたちのココロが、ここに。』
  子どもの作文はどうしてこんなにたのしいんだろう。
   笑ったり、ホロリとしたり、読者は忙しいぞ。
作家  重松  清

 このように「おか山っ子」は半世紀以上にわたる伝統を保持しながらも、ますます成長を続けています。現代では、パソコン、テレビゲームなどビジュアル的なメディアが大勢を占めています。子どもたち(おとなたち)の活字離れもすすんでいます。子どもたちの短絡的な行動が増え、やがて、それが全国的なニュースとなるまでの大事件につながっています。
そのような時代の中にあって、文を綴ることの意義はますます高まっているのではないでしょうか。文を綴ることで家族、地域、社会をしっかり見つめていく、文を綴ることでことばを獲得していく、文を綴ることで思考力・構成力をつける・・・、これらは教育の中で取り扱っておかなければならないことです。「おか山っ子」がその一助になることを願ってやみません。

4.おわりに
 半世紀にわたる歴史をもつ「おか山っ子」。創刊当時に掲載された方の中には、祖父母となられた方もいるかもしれません。岡山の一つの文化として県民の方に知ってもらい、岡山の児童・生徒の作文や詩に心を動かしていただきたいと思います。
 さて、最後に昨年度と今年度に掲載された小学1年生の詩を1点ずつ紹介します。さて、創刊当時の詩とくらべてどうでしょうか。

いえ出をしたよ
岡山市 1年

あのね
おばあちゃんに おこられたよ。
「ゲームの かたづけ できとらんが。」
って、おこられたよ。
おにいちゃんが
「いえ出 しよう。」
って いったよ。
「いえ出って なに。」
ぼくが きいたら
「くらくなって、いえに かえるよ。」
って、おにいちゃんが いったよ。
バイパスの 下まで いって
二人で すわって いたよ。
のどが かわいたから
おにいちゃんが
じどうはんばいきの ところまで
いって
おちゃを かって きて くれたよ。
ぼくが
「くらくて こわいよ。
 もう かえろうよ。」
って いったら
「おなか ペコペコ。」
って、おにいちゃんも いったよ。
いえに かえったよ。
「かえりました。」
って いったら
おばあちゃんに
「どこ いっとったん。」
また おこられたよ。
もう
いえ出は しません。
2005年度版



「ねえね」
小学1年
ももちゃんが
はいはいして きて
「ねえね。」
と いった。
にこっと して
わたしを 見た。

ももちゃんが
しゃべった。
はじめて
しゃべった。
「ねえね。」
って いった。

おかあさんより
おとうさんより
おばあちゃんより
さきに
わたしを
よんで くれた。
「ねえね。」
って、よんで くれた。
2006年度版

文   岡山県教職員組合 山中 良昭

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